池上彰氏公開講演会
「歴史から読み解く世界情勢の行方」を開催
立教大学客員教授 池上 彰
2026/09/25
OVERVIEW
2026年7月21日、池袋キャンパス・タッカーホール講堂にて、ジャーナリストで立教大学客員教授の池上彰氏による公開講演会「歴史から読み解く世界情勢の行方」を開催しました。講演会はフリーアナウンサーで立教大学卒業生の八島みこ氏の司会のもと、西原廉太総長の挨拶で幕を開けました。会場には一貫校・系属校の中学生・高校生をはじめとする約600人が集結。混迷を深める世界情勢をどう読み解くか、池上氏ならではの分かりやすい解説に耳を傾けました。講演の一部をご紹介します。
始めたら、止めるのは非常に難しい——戦争の歴史が伝える教訓
今年の2月にアメリカがイスラエルとともにイランを攻撃して以来、ホルムズ海峡の封鎖などによって世界に大きな混乱が生じています。トランプ大統領は当初、イランへの軍事作戦は「4週間ほどで終わる」との見解を示していました。しかし、事態はいまだ収束していません。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した際も、ロシアは短期間でウクライナを制圧できると考えていました。そのため、ウクライナの首都キーウに侵攻する際、ロシア兵は3日分の食料しか携えていませんでした。それどころか、侵攻開始の一週間後には「祝勝会」を開くつもりで、レストランに予約を入れていた兵士までいたのです。もちろん、この予約はキャンセルになりました。
さまざまな過去の経験が私たちに教えてくれるのは、「戦争を始めるのは簡単だが、止めるのは非常に難しい」ということです。これは、日本も経験しています。なぜ日本は太平洋戦争を始めてしまったのか。その背景には、日中戦争に対するアメリカやイギリスからの経済制裁がありました。中国からの撤退を求めるアメリカは、日本に対する石油の全面禁輸を決定しました。今思えば、この時に戦争を止めればよかったのです。でも、止められませんでした。すでに多くの日本兵が亡くなっているのに、今更止められないというわけです。そこで、戦争継続のためにインドネシアの石油を手に入れようと考えた日本は東南アジアに戦火を拡大させ、太平洋戦争に突入しました。やがて、ミッドウェー海戦で大敗北を喫しても、国を守るために欠かせない「絶対国防圏」であるテニアン島が陥落しても、日本は戦争を止められませんでした。そしてとうとう、その島から原爆を載せた爆撃機が飛び立ち、多くの命が失われることになったのです。
さまざまな過去の経験が私たちに教えてくれるのは、「戦争を始めるのは簡単だが、止めるのは非常に難しい」ということです。これは、日本も経験しています。なぜ日本は太平洋戦争を始めてしまったのか。その背景には、日中戦争に対するアメリカやイギリスからの経済制裁がありました。中国からの撤退を求めるアメリカは、日本に対する石油の全面禁輸を決定しました。今思えば、この時に戦争を止めればよかったのです。でも、止められませんでした。すでに多くの日本兵が亡くなっているのに、今更止められないというわけです。そこで、戦争継続のためにインドネシアの石油を手に入れようと考えた日本は東南アジアに戦火を拡大させ、太平洋戦争に突入しました。やがて、ミッドウェー海戦で大敗北を喫しても、国を守るために欠かせない「絶対国防圏」であるテニアン島が陥落しても、日本は戦争を止められませんでした。そしてとうとう、その島から原爆を載せた爆撃機が飛び立ち、多くの命が失われることになったのです。
異なる言語や文化を学び、相手を知ることの大切さ
先ほどミッドウェー海戦の話が出ましたが、この敗北の背景には日本軍の暗号がアメリカ軍に解読されていたこと、つまり情報戦での敗北が一因としてあることが分かっています。当時の日本とアメリカでは、「情報」に対する認識や姿勢が大きく異なっていました。日本では英語を「敵性語」とみなし、野球用語までも日本語に言い換えていた一方、アメリカでは日本語を理解できる人材を増やそうと「日本語要員」の養成に注力していました。相手について学ぶことができない日本と、相手を徹底的に知ろうとするアメリカ。情報に対する考え方の違いから生じた差は、小さなものではありませんでした。例えば、アメリカ軍は兵士が日記をつけることを禁じていましたが、日本軍は禁じておらず、多くの日本兵が日記帳を携行していました。そのため、彼らが戦死したり捕虜になったりした場合、日記帳がアメリカ軍の手に渡り日本語要員によって解読され、情報が洩れてしまったのです。
ロシアがウクライナに軍事侵攻したことでロシアへの感情が悪化し、ロシア語を学ぶ人が減少する。あるいは、中国との関係が悪化することで中国語を学ぶ人が減少する。そのような状況になるのは、とても残念なことです。他国と良好な関係を築くためには、相手の言語や文化を理解することが必要だからです。例えば、「中国は台湾を攻撃するのだろうか」と疑問に思うならば、習近平国家主席の思想の礎になっている中国の古典について知る必要があるでしょう。中国の古典『孫子の兵法』は、「戦わずして勝つ」ことが一番であると伝えています。こうした思想を学んでいる習近平国家主席が、いきなり台湾に軍事攻撃をすることは考えにくい。まずは戦争をすることなく、台湾を得られるような環境をつくろうと考えているのではないか。——このように、私たちが中国の古典を学ぶことは、中国の政治指導者の考え方を考察することにつながります。他国の言語や文化、歴史を知ることは、「それぞれの国とどう付き合っていけばよいか」を考えるための大きなよすがとなるのです。
ロシアがウクライナに軍事侵攻したことでロシアへの感情が悪化し、ロシア語を学ぶ人が減少する。あるいは、中国との関係が悪化することで中国語を学ぶ人が減少する。そのような状況になるのは、とても残念なことです。他国と良好な関係を築くためには、相手の言語や文化を理解することが必要だからです。例えば、「中国は台湾を攻撃するのだろうか」と疑問に思うならば、習近平国家主席の思想の礎になっている中国の古典について知る必要があるでしょう。中国の古典『孫子の兵法』は、「戦わずして勝つ」ことが一番であると伝えています。こうした思想を学んでいる習近平国家主席が、いきなり台湾に軍事攻撃をすることは考えにくい。まずは戦争をすることなく、台湾を得られるような環境をつくろうと考えているのではないか。——このように、私たちが中国の古典を学ぶことは、中国の政治指導者の考え方を考察することにつながります。他国の言語や文化、歴史を知ることは、「それぞれの国とどう付き合っていけばよいか」を考えるための大きなよすがとなるのです。
なぜロシアはウクライナに軍事侵攻したのか
国際情勢が混迷を深める中、なぜこのようなことが起きているのか、それぞれの国の成り立ちまでさかのぼって考えることも非常に大切です。例えば、ロシアはなぜウクライナに軍事侵攻したのか。その背景には、両国のルーツは同じだと考えるプーチン大統領の極端な歴史認識があります。ウクライナの起源は、9世紀に建国されたキエフ公国にあります。10世紀末、キエフ公国のウラジーミル大公はキリスト教の一派であるギリシア正教に改宗し、これを国教としました。その後、ギリシア正教はロシア正教となり広がっていきます。一方、キエフ公国は13世紀にモンゴル帝国の侵略を受けて滅亡し、脱出した人たちの一部はモスクワに行きロシア人となりました。こうした歴史について、プーチン大統領は「ウクライナはもともとロシアの一部だったのだ」と一方的な解釈をしています。そして、力ずくでも取り戻そうと軍事侵攻に踏み切ったのです。
過去の栄光よ、再び——それぞれが切望する“レコンキスタ(失地回復)”
世界史では、中世のイベリア半島においてキリスト教徒がイスラム教勢力から土地を奪い返した国土回復運動である「レコンキスタ(失地回復)」について学びますが、現在の国際情勢も「失地回復」をキーワードに考察できます。先述のプーチン大統領のウクライナ侵攻は、まさに失地回復の動きといえるでしょう。習近平国家主席も、「清の時代には中国のものであった台湾を取り戻す」という失地回復を目指しています。そして、現在の国際情勢を語るうえで避けて通れない存在であるアメリカのトランプ大統領の政策もまた、失地回復の視点から説明できます。
そもそも、なぜアメリカでトランプ政権が誕生したのでしょうか。トランプ現象を説明するための1つ目の軸は、世界経済です。第二次世界大戦以降、資本主義のもと自由な経済競争を進めてきたアメリカは、かつては世界一の産業国家として繁栄を極めました。ところが、いまや中国など海外からアメリカに安価な商品が流れ込み、アメリカの産業はすっかり衰退してしまいました。企業が賃金の安いメキシコなどに工場を移転したことで産業の空洞化が進み、失業者も増加しました。そんな中、人々に「もう一度アメリカを偉大にしてくれる」という期待を抱かせたのが、トランプ大統領でした。「過去の栄光よ、再び」と失地回復を願う多くの人々が、トランプ大統領を支持しているのです。
また、トランプ現象を説明する2つ目の軸として、宗教があります。アメリカでは「福音派」といわれる人々がトランプ大統領を熱心に支持しています。福音派とは、プロテスタントの中でも聖書の福音書を一字一句全て真実であると考える人々です。聖書に基づく伝統的な価値観をもつ福音派の人々にとって、2022年に民主党のバイデン政権がパスポートの性別欄に男性でも女性でもない「X」という選択肢を追加したことは、受け入れがたいことでした。そのため、彼らは民主党よりは価値観の合致するトランプ大統領に票を投じたのです。トランプ大統領の言動に対して「なぜ彼が当選したのだろう」と思う人もいるかもしれませんが、このようなアメリカ社会の経済的、宗教的背景を知ることで、アメリカという国を見る解像度が大きく高まります。
本日お話ししてきたように、さまざまな国の歴史を学ぶことは、目の前の世界を理解するための足がかりになります。今はChatGPTなどのAIがさまざまな仕事を代わってくれますが、その国に蓄積されてきた歴史の重みや文化を理解することは、AIでは代わりがききません。だからこそ、このような理解を深めるリベラルアーツの学びが非常に大切なのです。ぜひAIなども適切に活用しながら、皆さんの可能性を存分に発揮し、自分らしい人生を切り開いてもらえればと思います。
そもそも、なぜアメリカでトランプ政権が誕生したのでしょうか。トランプ現象を説明するための1つ目の軸は、世界経済です。第二次世界大戦以降、資本主義のもと自由な経済競争を進めてきたアメリカは、かつては世界一の産業国家として繁栄を極めました。ところが、いまや中国など海外からアメリカに安価な商品が流れ込み、アメリカの産業はすっかり衰退してしまいました。企業が賃金の安いメキシコなどに工場を移転したことで産業の空洞化が進み、失業者も増加しました。そんな中、人々に「もう一度アメリカを偉大にしてくれる」という期待を抱かせたのが、トランプ大統領でした。「過去の栄光よ、再び」と失地回復を願う多くの人々が、トランプ大統領を支持しているのです。
また、トランプ現象を説明する2つ目の軸として、宗教があります。アメリカでは「福音派」といわれる人々がトランプ大統領を熱心に支持しています。福音派とは、プロテスタントの中でも聖書の福音書を一字一句全て真実であると考える人々です。聖書に基づく伝統的な価値観をもつ福音派の人々にとって、2022年に民主党のバイデン政権がパスポートの性別欄に男性でも女性でもない「X」という選択肢を追加したことは、受け入れがたいことでした。そのため、彼らは民主党よりは価値観の合致するトランプ大統領に票を投じたのです。トランプ大統領の言動に対して「なぜ彼が当選したのだろう」と思う人もいるかもしれませんが、このようなアメリカ社会の経済的、宗教的背景を知ることで、アメリカという国を見る解像度が大きく高まります。
本日お話ししてきたように、さまざまな国の歴史を学ぶことは、目の前の世界を理解するための足がかりになります。今はChatGPTなどのAIがさまざまな仕事を代わってくれますが、その国に蓄積されてきた歴史の重みや文化を理解することは、AIでは代わりがききません。だからこそ、このような理解を深めるリベラルアーツの学びが非常に大切なのです。ぜひAIなども適切に活用しながら、皆さんの可能性を存分に発揮し、自分らしい人生を切り開いてもらえればと思います。
「Make America Great Again」と書かれた帽子のタグには「Made in PRC※」の文字が。「世界は一つであることが、この帽子からも理解できます」 ※People's Republic of China(中華人民共和国)
講演後の質疑応答では、情報への向き合い方から日本人としての在り方、学習の心得まで幅広い質問が寄せられました。
※ 記事の内容およびプロフィールは、取材当時のものです。
プロフィール
PROFILE
池上 彰(いけがみ あきら)