有賀千代吉賞受賞者が語る—
自由に、興味を追い求めて

2020/06/23

OVERVIEW

立教小学校から、池袋または新座中学校・高等学校、立教大学に進学し、学業および正課外活動に励んだ学生を対象とする「有賀千代吉賞」。2020年度受賞者の2人の学生と、1979年度受賞者である立教大学副総長(統括)の野澤正充教授に、小中高時代の学校生活や、力を入れて取り組んだ活動などについてお聞きしました。

写真:(左)阿野 苑弥さん(中央)野澤 正充(右)玉川 雅久さん

(左)阿野 苑弥(あの えんや)さん
立教小学校(61回生)、立教池袋中学校・高等学校卒業、立教大学経営学部経営学科1年次

(中央)野澤 正充(のざわ まさみち)
立教小学校(20回生)、立教中学校・高等学校を経て、1983年立教大学法学部法学科卒業、85年司法試験合格、91年同大学大学院法学研究科民刑事法専攻博士課程単位取得満期退学。博士(法学)。91年に同大学法学部助手に着任、2002年より教授。18年4月に立教大学副総長に就任。

(右)玉川 雅久(たまがわ がく)さん
立教小学校(61回生)、立教新座中学校・高等学校卒業、立教大学経営学部国際経営学科1年次

有賀千代吉賞を受賞した際の感想を聞かせてください。

阿野苑弥 有賀千代吉先生は、立教小学校の設立と発展に大きな貢献をされた方だと聞いたことがあります。歴史ある賞をいただき光栄です。家族も喜んでくれました。

玉川雅久 実は、立教小学校31回生の父と59回生の兄も過去に受賞しており、ひそかに重圧を感じていました(笑)。自分のこれまでの活動が評価され、素直にうれしいです。

野澤正充 40年を経たいまでも、授与式の様子ははっきりと覚えています。会場のライフスナイダー館に他の受賞者と共に集まった時、大きな喜びが込み上げてきた記憶があります。

小学校時代はどのような学校生活を送っていましたか?

阿野さん(左)小学校入学直後の1枚。開校当初から変わらない制服のデザインは、有賀千代吉氏が発案 (右)小学校の卒業式で、担任の米田直人先生と

阿野 小学3年の時、田代正行教頭先生(当時)による授業がきっかけで、漢字に夢中になりました。難読漢字の読み方がクイズ形式で出題される授業がとても面白く、自ら学ぶ意欲が芽生えたのです。それ以降漢字の読み書きを通して、楽しみながら多くの知識を得られました。学習への姿勢が大きく変わったターニングポイントだと思います。

玉川 大の読書好きだった私は、図書館に行っては本を読みあさり、低学年の頃の週間貸出冊数は誰にも負けませんでした。また、周囲には活発な友人が多く衝突することもありましたが、小学2・3年の担任だった川上喜久先生は頭ごなしに叱るのではなく、双方の話をじっくり聞いてくださいました。そのやりとりの中で、相手の立場に立って考えることの大切さを学ぶことができたと感じます。

野澤 低学年時の担任だった伊藤高清先生は、生活態度や振る舞いに厳しい方でした。繰り返し言われた「親切・大切・清潔・努力」という4つの言葉は、深く身にしみついています。小学校入学後に初めて接したキリスト教も印象的で、聖書の時間にはチャプレンのお話を大変興味深く聞いていました。

小学校での日々で特に思い出深い出来事を教えてください。

阿野 小学5年の時に参加した「グローバルエクスカーション※1」です。岐阜県の飛驒高山を訪れ、仲間と共に都会では見られない満天の星空を眺めたことや、ナイトハイクで25㎞に及ぶ道のりを夜通し歩いたことなど、日常を離れて過ごした体験は鮮明に覚えています。

※1 グローバルエクスカーション…「地球に目を向けた教育」をテーマに、自然の中で共に生きる力を学ぶ立教小学校独自の体験学習プログラム。

玉川さん(左)小学5年のグローバルエクスカーション(小笠原コース)で、恩師の川上喜久先生と (右)小学校で取り組んだフラッグフットボール

玉川 体育の授業で、立教大学体育会アメリカンフットボール部の学生からフラッグフットボールを教わったことが思い出深いです。また、小学4年から入ったバスケットボールクラブでは、小中高大のバスケットボール部が一堂に会する「S.P.B.F.※2」での練習試合も楽しかったです。スポーツを通して、立教学院のつながりを体感できました。

※2 S.P.B.F.…立教バスケットボール・フェスティバル。立教小学校、池袋・新座中高、立教大学が開催するバスケットボールのイベント。

野澤 後の進路を決めるきっかけになった出来事があります。高学年の社会科見学で最高裁判所を訪れた際に、友人が何気なく発した「将来は法律を扱う仕事に就いたらどう?」という一言が心に残っていて、大学進学時に法学部を選択することになりました。

中高ではどのような活動に力を入れていましたか?

玉川さん アメリカンフットボール部で活躍した高校時代

玉川 私は6年間クラブ活動に打ち込みました。中学では小学校に引き続きバスケットボール部で活動し、チームスポーツの奥深さを知ることができました。

高校では、小学校でフラッグフットボールに取り組んでいたことがきっかけとなり、アメリカンフットボール部に入部。2年から引退までの全試合にスターティングメンバーとして出場し、最終学年で迎えた全国高等学校アメリカンフットボール選手権大会では全国ベスト8まで勝ち上がるなど、チームの活躍に貢献できたと自負しています。クラブ活動と勉強を両立できたことで、確かな自信が生まれました。

阿野さん 高校2年時の生徒会メンバーと共に。任期中は朝礼や代議員会の司会進行などを務めた

阿野 委員会活動と生徒会活動です。中学1年から高校1年までの4年間、学級委員を務めました。それまで人前に立つ経験はほとんどなかったのですが、クラスをまとめ率いる役割の意義や面白さを知り、高校2年で生徒会長に就任。

任期中は、カフェテリアでのお弁当販売を実現したり、立教新座中高や立教女学院など他校の生徒会役員を招いて合同討論会を主催したりと、さまざまな取り組みに情熱を注ぎました。仲間と計画を練り、壁を乗り越え、実行に移す日々。周囲の助けによって生徒会長の役割を全うできた経験は、自分を大きく成長させたと感じています。
野澤 中高時代は和歌や歴史に興味があり、地理歴史研究部に所属していました。フィールドワークの面白さにのめり込み、本気で民俗学や歴史学の研究者を目指していたほどです。高校3年の選択科目で当時必修ではなかった論文執筆に取り組み、「藤原家隆の和歌」と「村の歴史」について研究した2本の論文を書き上げました。自分の興味を納得いくまで追究できたのは、受験のない一貫校だからこそ。好きな研究に打ち込んだ時間は忘れられません。大学進学の際には、小学校時代の友人の言葉を思い出すとともに、将来のキャリアを考えて法学部を選んだのですが、結局、研究者の道を歩んでいます。

玉川さん、阿野さんの大学での目標を教えてください。

玉川 まずは、英語で開講される科目が多い経営学部国際経営学科での学びを通して苦手な英語を克服し、海外留学などに挑戦したいです。小中高で培った経験を生かせるスポーツにも取り組みたいと考えています。

阿野 経営学科へ進学したのは、父が経営している会社を継ぎたいという目標があるからです。そこから逆算して、リーダーシップなどのスキルをはじめ、会社経営に関する幅広い知識と経験を得るために努力を重ねていきたいです。

野澤先生から、2人をはじめとする児童・生徒・学生たちへのアドバイスをお願いします。

野澤 立教小学校や池袋・新座中高では、物事を見る視点や、自らテーマを設定し考えを深めてゆく力を育む教育を行っています。そこで身に付いた力は大学や社会においても大いに活かせるので、さらに磨きをかけてほしいと思います。私自身、小中高の授業や自主研究によって養われた、物事を深く考える姿勢は、大学での学びや現在の仕事に役立ちました。また、私はフランスなど海外の大学でも講義を行い、多様な人々と交流する機会が多々あります。グローバル化が進み、そうした場面は増える一方だと思いますが、誠実に人と接する気持ちを忘れないでください。人間関係が重要なのは、国内でも国外でも同じこと。相手を尊重するコミュニケーションを心がけ、つながった縁を大切に有意義な大学生活を送ることを願っています。


有賀 千代吉(ありが ちよきち)

立教大学商科卒業。1948年、立教小学校の設置に貢献し、教頭、主事を経て第3代校長に就任。キリスト教に基づく教育に尽力し、小学校チャペルの十字架の製作や、制服の発案にも携わった。

有賀千代吉賞は、同氏の寄付によって設立され、立教小学校および池袋・新座中高を卒業し立教大学に進学した学生のうち、成績優秀かつ正課外活動等に積極的な者を対象に授与されている。

立教学院諸天使礼拝堂(立教小学校チャペル)

2020年度 有賀千代吉賞受賞者
立教池袋中学校・高等学校
阿野 苑弥、今田 慎吾、門脇 克幸、佐々木 俊太

立教新座中学校・高等学校
柿沼 光希、川目 慎太郎、玉川 雅久、守屋 輝

※立教小学校61回生。高等学校2020年3月卒業。五十音順
※本記事は、『立教学院NEWS』Vol.35(2020年6月)の記事を再構成したものです。記事の内容およびプロフィールは、取材当時のものです。

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